おちつく騒音

東京と大阪のちがいは、やっぱりやかましさ。

大阪で「けっこう空いている」と思って喫茶店に入っても、聞こえてくる声のボリュームは凄まじい。

東京ではこんなことはない。人が多い新宿のスタバとかにいけば、それなりの喧騒になるけれど、ちいさい交差点の角にひっそりと佇む喫茶店なんてとっても静か。

理由はやっぱり声の大きさ。同じ客の数でも、圧倒的に大阪はうるさい。会話は早いし途切れない。ずっと2人のうちどちらかが何か話してる。いや、2人とも話していたりする。どっちかは聞けよ。それに大阪は1人でいる人も話していたりする。なにに対してかはわからない。ただブツブツと呪文のようなものを発している。そんな人たちは多くはないけれど、けっして珍しくもない。

どうしてこうも違うのだろう。今あるこの大阪らしさは、代々受けつがれたものだろうか。「やかましい」のなかで育ったこどもたちが、大人になって「やかましい」を作る側にまわる。こうやってグルグルグルグルと「やかましい」が伝えられていく。

だれが最初に、この「やかましい」の文化をつくったのだろうか。

 

なにはともあれ、このやかましさは、正直おちつく。騒音のはずなのに、おちつく。大阪らしさが心地よいのだろう。

 

この感覚、東京モンには分からへんやろな。